写真とふたこと

たまにみこと

先人に学ぶ

「写真を本格的にやりたいと思い立って...」と話すと(本格的とはいえ、もちろんそれで生計を立てるというものではない。音楽と並ぶ生涯の趣味として。)、自分もやってます!と色々レクチャーしてくれたり、作品を見せてくれたりする人が居る。
機材や撮影環境等、気合いを入れて作品を撮りためているその人にとっての正解が有るらしい。私にはピンと来ない話だったが。
ピンと来ないだけなら良かったのだけど、私が、あ〜この人とは写真への向かい方がかなり違うかもなぁと感じたのは、その人が「自分は寂しい感じの写真が好きなんですよ」と言った時だった。
「寂しい感じの写真を撮る」のか、「寂しい感じの写真が撮れる」のか、大分違うと思う。その人は前者の様な気がした。それはそれでひとつの方法で、自分の場合はそうはしたくない。

寂しい思いは出来ればしたくない。それでもどうしようもなく寂しい時はやって来る。抱えた寂しい思いが表に顔を出す時も有るだろう。そんなことを考えてる人が撮った写真が、寂しい感じに見えることも有るだろう。

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本屋に行って、写真コーナーに立寄る楽しい時間が増えた。そこで見つけた、ルイジ・ギッリの『写真講義』。帯の文章の通り、写真だけでなく文章にも惹かれた。文章とは言っても、大学の講義を採録した体裁なので、語りに惹かれたと言うのが正しいかも。いずれにせよ、写真のイロハを通して生き方の話を聴いている様で、ルイジ・ギッリが写真や物事と向き合う姿勢や絶妙な距離感、彼の知恵が大いに参考になるとても濃い内容だ。久しぶりにハッとする本を見つけることが出来た。

かなり重要な1冊になるだろう。